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大阪地方裁判所 平成3年(わ)3395号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(被告人の経歴、犯行に至る経緯等)

被告人は、昭和四二年一〇月、株式会社千里ビルを設立して代表取締役になり(同四五年四月「新千里ビル株式会社」に商号変更、以下「新千里ビル」という、本店所在地 大阪府摂津市千里丘東一丁目一一番九号)、以来北摂地域(大阪府北部)を中心に不動産業、貸しビル業等を営み、昭和六〇年三月までは代表取締役として、右以降は、新千里不動産株式会社、株式会社千里石亭等関連会社十数社を含む新千里ビルグループのオーナーとして実質的に経営していたものである。

一方、大阪府民信用組合は、昭和二六年一二月に中小企業等協同組合法によって設立された信用協同組合であり、同様北摂地域を中心に業務を行っていたものである(以下「府民信組」という、主たる事務所所在地 大阪市中央区内本町二丁目三番五号)が、被告人は、昭和四三、四年ころより、当時の府民信組の代表理事A及びその後任者Bと親しくなったことから、同組合の支店開設候補地を斡旋売却するなどしていたところ、昭和五七年四月、前記Bの勧めで府民信組相談役に就任し、同六〇年五月には代表理事である理事会長に、同六一年四月には前記Bの後任として同じく代表理事である理事長に就任し、以後、同組合の行なう預金の受入れ、資金の貸出し、手形の割引等の業務を統括、掌理として、不動産関連事業への大口貸出し等その積極的かつワンマン的な経営方針から預金額、貸出金額とも急増させ、組合の規模を拡大させていった(なお、本件後の平成三年五月に理事長を退任して理事会長になり、同年九月には理事会長も退任している)。

被告人は、昭和六二年ころ、不動産売買仲介業等を営業目的とする株式会社協和綜合開発研究所(以下「協和」という、本店所在地 東京都中央区八重洲二丁目一番四号)の代表取締役Cを知り、府民信組から、翌六三年一月に不動産取引資金として約一二七億円融資をしたのを初めとして、同年中に協和に対し右を含め合計二〇〇億円を超える貸出しを行った(いずれもその後返済)。ところで、被告人は、平成元年一月初めころ、右Cが、東京証券取引所第一部上場企業でホテル等を経営する雅叙園観光株式会社(以下「雅叙園観光」ともいう、本店所在地 東京都目黒区下目黒一丁目八番一号)に対し、以前同社を支配していたD(昭和六三年八月失踪)の率いるコスモポリタングループの企業に貸し付けていた金員の連帯保証債務金二八四億円余りの支払いを求める旨の内容証明郵便を出したことを聞き、右支払請求に応じるだけの資力は雅叙園観光にはないから、そのままにしておけばその倒産は確実であるが、そうなれば、そのころ右Dの後を継いで同社を実質的に支配していたE(コスモスグループ)を通じ、府民信組から、雅叙園観光に多数存在している簿外手形の処理資金等として同社振出の手形を割り引くなどの形で貸し出していた百数十億円の回収も困難となることなどから、平成元年一月一〇日過ぎころ、自己が経営する大阪府吹田市内の料亭千里石亭にEとCとを呼んで三人で会談し、更にその後もCと話し合った。その結果、Eが雅叙園観光の経営権をCに譲り、かつ手持ちのプロジェクトを提供するなどしてCの手形処理を助け、以後はCが同社を経営し、約三〇〇億円を要すると見積もられた簿外手形の処理は協和が行ない、府民信組は、協和に対し、形式的な担保を徴求するだけで、手形割引名下に三〇〇ないし三五〇億円の融資を行なって右手形処理資金を提供し、右貸金は、将来雅叙園観光の経営する東京都目黒区内所在の雅叙園観光ホテルの敷地を再開発するなどして回収する旨の合意が成立し、もって、被告人とCとの間で、これが後記のとおり府民信組の財産を危うくするもので被告人の同組合の理事長としての任務に違背していることを認識認容しながら、同組合から協和に前記融資をする旨の共謀を遂げた。更に、その後、被告人は部下の職員に右貸出手続のための連絡を命じたり府民信組の会議で右貸出しを行なう旨述べて了解を得るなどし、よって、そのころ同組合相談役で新千里ビルの代表取締役でもあったFや同組合審査部長であったGら幹部職員との共謀も遂げた。

(犯罪事実)

右C、Fらとの共謀に基づき、被告人は、Cにおいて経営権を掌握した雅叙園観光の簿外債務の処理等に充てるため、府民信組の資金を、協和に対して、手形割引名下に、不正に貸出ししようと企て、別紙一覧表記載のとおり、平成元年二月七日ころから同年七月二六日ころまでの間、合計三一回にわたり、前記組合本店において、協和から同組合への手形割引名下による資金の借入れ申込みに関し、同組合の代表理事(理事長)にあった被告人において、その貸出条件等を審査決定するに当たっては、法令や同組合の貸出規定等に定めるところに従ってこれを遵守し、誠実にその職務を遂行しなければならない任務があるところ、右法令等によれば、資金の貸出しは、貸出諸条件に照らし回収確実と認められる場合に限られ(貸出規定第二章の1)、かつ、貸出額に相応する確実な担保を徴求することとされ(同3)、また、同一取引先に対する貸出限度額が定められており(協同組合による金融事業に関する法律六条一項、銀行法一三条一項、三項、協同組合による金融事業に関する法律施行令三条二項、信用組合基本通達。本件当時原則として四億円)、商取引の裏付けのない金融手形の割引は禁止されていた(貸出規定第二章の8)のに、これに背き、前記のとおり確実な担保を徴求しない融資等により協和の利益を図る目的をもって、その反面として府民信組に損害を加えることを認識認容しながら、併せて自己の責任追及を免れる等自己の利益を図る目的をもって、府民信組から協和に対し、直接、又はその貸出制限を僣脱するためのいわゆるダミー会社である大信リース株式会社もしくは大信ファイナンス株式会社を経由して、前記規定等による貸出限度額を超え、かつ、確実な担保を徴求しないまま、それぞれ、商取引の裏付けのない金融手形(金額合計二七〇億九七三五万五七二七円)の割引を実行して、手形割引名下に合計二六七億一七四五万〇六九四円を振込送金して貸し出し、いずれも、これら手形債権の回収を著しく困難にさせ、よって、同組合に対し、右手形金額相当の財産上の損害を加えたものである。

(証拠)〈消略〉

(事実認定の補足説明)

以下括弧内に掲げた証拠は、認定の用に供した主な証拠を挙げたものであり、人名は検察官に対する供述調書の供述者を、公判供述の後の丁数は速記録の丁数を指す。ただし、関係人の公判供述は、「○○証言」という。

一  本件背任における被告人の目的

本件貸付けは、府民信組の代表者である被告人が、形式的な担保を徴求するだけで、通常の金融機関では得られない有利な条件で多額の融資をすることにより、共犯者Cの経営する協和の利益を図る目的を有するとともに、その反面、右融資を行うことにより府民信組に貸倒れの危険を生じさせることを認識認容しながら敢えて貸出しをしたという点で府民信組を害する目的をも有し、併せて、もし被告人らの思惑どおりことがうまく運べば、右融資金で協和が雅叙園観光の簿外債務を決済しその倒産を防止することができ、府民信組がこれまで同社の手形処理資金として融資した金員等が貸倒れとなることを回避し、信用組合理事長としての責任追及と地位の失墜を免れるという自己の利益を図る目的で行なったものと認められる。

1  しかるに、弁護人は、被告人において、協和の利益を図る目的があったことは必ずしも否定しないながらも、自己の利益を図り府民信組に損害を与える目的などはなかった旨主張する。

すなわち、府民信組は、金利の自由化をひかえて中小金融機関の再編成が問題となっていた時期に豊国信用組合と合併したことにより、同信組から引き継いだ不良債権が経営を圧迫していたところ、豊国信組の不良債権の多くはEの経営するコスモスグループに係るものであり、当時同グループは雅叙園観光を経営していたから、雅叙園観光が倒産することになればコスモスグループも倒産するおそれがあり、そうなれば府民信組が有するコスモスグループへの債権も回収が困難となるため、どうしても府民信組のために雅叙園観光を倒産させるわけにはいかなかった、また、右のような状態にある府民信組を立て直すためには、より多くの貸付けを行って利息収入を増大させる必要もあった、いずれにしても、雅叙園観光の手形決済のための本件貸出しは府民信組の利益を考えて行ったものである。また、被告人は府民信組を大切に思っており、貸出当時はバブル経済の最盛期にあったから、本件債権が貸倒れになるなどとは予想しておらず、府民信組に損害を与える目的などなかった。のみならず、被告人は府民信組の理事長の地位に執着していたわけではないので、責任追及を恐れなければならない理由もなく、自己の利益を図る目的もなかった、というのである。被告人も、公判において、この主張に沿う供述をしている。

2  なるほど、関係各証拠によれば、府民信組は、昭和六一年に被告人が理事長に就任した時点において既に約八〇億円の不良債権を有するなどの問題点を抱えていたうえ、当時金利の自由化等を控え、預金量はたかだか数百億円程度であったのに、大阪府において、中小信用組合の合併により預金量一〇〇〇億円を超える信用組合を作るという金融機関再編成のためのプランを打ち出すなどしていたため(信用組合の合併ビジョン概要・弁一二)、預金量、貸出量とも増やし規模の拡大を図る必要性に迫られていたこと、そのうえ、昭和六三年四月豊国信用組合を合併し、その一〇〇億円以上の不良債権を引き継いだほか、全国信用協同組合連合会にも交換尻欠損による残債務約四二億円があることが判明した(甲七七)ことにより、このような事態を打開するため、被告人は、多少のリスクはあっても貸出額を増大させることにより利益を上げ、全体のなかで不良債権の占める割合を少なくしようと考えていたこと、右豊国信組から引き継いだ不良債権の多くはEの経営するコスモスグループに対するものであり、当時同グループは雅叙園観光を支配・経営して多額の資金を投入していたから、雅叙園観光が倒産することになるとコスモスグループも倒産するおそれがあり、そうなれば、府民信組が有するコスモスグループへの債権も、回収が困難になったであろうことが認められる。

しかしながら、後述する信用組合の性質論を持ち出すまでもなく、金融機関の長たるものは、いくら多額の不良債権を抱えていたからとはいえ、否、多額の不良債権を抱えていればこそ、そのような不良債権については早期の回収・整理を図って不良債権による傷口をそれ以上広げないことに意を用い、経営の効率化や経営基盤の強化を図りながら、安全確実な貸付先を選んで融資することにより堅実に利益を上げ、長期的な見通しに立って経営していくことが望まれているのであって、ただ単に貸出量を増やし、それまでの不良債権の全体の債権に対する割合を減少させれば足りるものでないことはいうまでもない。このことは、当時金融機関の再編成の時期にあったとしても同様と思われる。被告人は、判示のとおり、また後に詳述するとおり、府民信組の被る不利益を敢えて考慮の外において、協和に対し、無担保同然といってもよい、到底他の金融機関では得られない有利な条件の融資を得させたものであり、客観的に貸付金回収の確実な見込みがなく、貸倒れにより府民信組に損害を与える蓋然性が高いことを十分認識していたものと認められるから、そのような行為は決して府民信組の利益を考えての行動とはいえず、府民信組を害する目的が存在していたことは明らかである。弁護人は、府民信組が豊国信組から引き継いだコスモスグループに対する不良債権の存在を指摘するが、それがあるからといって右の理が変わるものではないのみならず、後記のとおり、被告人は、豊国信組合併後も、その不良債権の貸付先であるEの関係で百数十億円の新たな融資を行っているのであるから、豊国信組から引き継いだ不良債権の回収の点だけをとらえて府民信組の利益のためのものと評価するのは相当でない。

もっとも、およそ金融機関が貸付けをなす場合に、貸倒れとなることを確実に予想しながらすることはなく、少なくともある程度の返済の期待を有しているのが通常であろうし、本件においても、被告人は、本件融資により府民信組に損害を与えることを確定的に認識し、あるいは積極的に意欲していたとは認められず、かえって、将来雅叙園観光ホテルの再開発等で利益が上がり協和が債務を弁済してくれ、その結果、府民信組の営業成績に寄与し、ひいてはコスモスグループ等に対する不良債権の回収が図られることを期待していたふしも認められないではない。しかしながら、右は後述のとおり債権回収の客観的な見通しのないものであってみれば、いわば現実的可能性に乏しい期待ないし願望であるに過ぎないものであり、これがあるために府民信組の利益を図る目的があったとか、府民信組を害する目的がなかったなどと評価することはできない。背任罪において加害目的を肯認するためには、意欲ないし積極的認容まで要するものではない。

3  次に、被告人の自己図利目的について検討すると、各証拠によると、被告人は、昭和六三年九月ころから平成元年一月にかけて、雅叙園観光の経営支配権を掌握していたE(コスモスグループ)の依頼により、同社の簿外手形の決済等に当てるため、同社振出の手形を割り引くなどの方法で総額百数十億円(その額は記録上確定することが困難であるが、右雅叙園観光振出の手形の額面は総額約一四七億円であったようである。以上甲四五、七七)を府民信組から貸し出したことが認められる。その融資の担保は、京都ゴルフ場用地及び雅叙園観光ホテル建物に対する根抵当権並びに雅叙園観光、タクマの株式などであり、その担保中には、府民信組の貸出規定上適格のものも含まれていたが、本件協和に対する貸付けと同様理事長承認案件として担保の価値を厳密に評価せず貸付けがなされたものと認められ、豊国信組から引き継いだ不良債権の相手に対する追い貸しで、少なくとも放漫融資と言われても仕方がないものであった。とするならば、被告人が本件協和に対する雅叙園観光の手形処理のための融資を断るときは、同社並びに同社を実質的に経営しているコスモスグループの倒産を招き、前記E関連で新たに貸し付けた債権の回収ができなくなり、これが特に組合外で明るみに出るときは、信用組合理事長としての責任が追及され、場合によっては地位の失墜も考えられる事態であった。したがって、被告人が本件融資を決意した時点においては、右の意味の責任追及を免れる等自己の利益を図る目的があったものと認めるのが相当である。被告人も、捜査段階では、二次的なものであるとはしながらも、右限度ではその目的があったことを自認する趣旨の供述をしている(乙六・一三項、乙一〇)。

弁護人は、被告人は府民信組の理事長の地位に執着していなかったから、その責任追及を免れる目的などはなかった旨主張するが、責任追及は地位失墜だけの問題ではないのみならず、後述するように、被告人は府民信組を自己のグループ企業の一員であるかのように思い、愛着を有していたのであって、その理事長たる地位を誇りに思っていたことが優に認められるところであるから、右主張は採用しない。

4  もっとも、検察官は、これに加えて、被告人は、かねてから事業家としての夢であった一部上場企業のオーナーになりたいと欲して、当面はまず雅叙園観光の経営権を掌握し、その倒産を食い止めるとともに、将来的には、上場企業である雅叙園観光のネームバリューを活用して、自己の手がけている不動産業等の事業の拡大及び利益を増大するという企図もあった旨主張している。

確かに、各証拠によれば、①被告人は、かねてから新千里ビルを上場企業にしたいという願望を有し、その手段として雅叙園観光との合併を考えている旨周囲の者に洩らしており、本件貸出しを実施する少し前の昭和六三年一二月ころには、雅叙園観光の経営者になるつもりであるとも述べていたこと、②そのころ、腹心のFを雅叙園観光に派遣して簿外債務を調査させ、自らもその建物を見分したばかりか、当時同社を経営していたEのスポンサーであった金融業者アイチのオーナーHを訪ねて話を聞き、Cとも今後の雅叙園観光の経営の見通しについて会談していたこと、③翌平成元年一月上旬、判示のとおりCから雅叙園観光に対する二八四億円の支払い請求があったことを聞くや、ただちにCとEを自己の経営する料亭に呼び出して協議を遂げ、そのころ、Cが同社の経営に当たり、Eが手持ちのプロジェクトを出すなどして協力し、被告人は簿外債務処理のための資金を融資する旨の合意が成立していること、④本件後も、雅叙園観光代表取締役社長に就任したIやCの求めに応じて融資を行なっていること(もっとも、検察官は、被告人が雅叙園観光の役員選任について注文をつけ、Iから経営状況等につき種々報告や相談を受けていた旨主張しているが、右主張に沿うCやIの公判供述は措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない)、⑤更には、平成二年一二月七日付及び同三年四月一日付でC及びEとの間で、雅叙園観光の経営に関する合意確認書及び覚書が作成されており、それらによれば、被告人が同社を共同経営している或いは今後表に出て経営するとも受け取れる内容となっていることが認められる。

しかしながら、右①ないし⑤の事実のいずれも決定的なものとはいい難い。すなわち、①は、かねて上場企業を経営したいという願望を有していた被告人が、昭和六三年一二月の段階で雅叙園観光の経営に関心を有し、場合によっては自ら経営に乗り出すことを考えていたことを示すとしても、後に述べるその後の被告人の行動をみると、その実現に向けて具体的に動いたとは認められず、②は、前記のとおり、当時同社を経営していたEからその資金繰りが苦しいことを理由に融資を求められたため、融資先の調査に赴いたに過ぎず(右融資はその後実行されている)、Hとの会談は雅叙園観光の債務の実体を調査するため(乙六・八項)、あるいはEに求められて同行したに過ぎないもの(被告人質問・二一回公判三一丁)、Cとの会談は、Eから出た雅叙園観光ホテルの再開発プロジェクトの話について、事情をよく知っているCから事情を聞こうとしてしたものと考えられ(乙六・八項)、これらが、被告人の雅叙園観光に対する支配意思の発現としてなされたことまでも証明されているわけではない。③は、被告人がCに対する融資を決定するに至った経緯について、証拠上未だ解明されていない要素があるようにも思われるものの、後記のような融資の態様をも併せ考えると、その当時被告人がCと共同で雅叙園観光を経営するとか、Cを前面に立てて自分は背後でいわゆるオーナーになるとかして同社を支配しようとするなどの意図を有していたことを証するに足りるものとはいえないし、④についても、それまで協和を通じて雅叙園観光に多額の資金を注ぎ込んでしまった結果、同社ひいては協和が倒産すればこれが回収困難となることから、やむなく融資に応じたものと考える余地は十分にあるといえる。⑤のうち、平成二年一二月七日付合意確認書(甲四〇)は、CとEの名義で作成され、被告人は単に立会人として署名しているのに過ぎないうえ、その内容も、「共同経営の原点に立ち返ってプロジェクトの収益を上げて損失分を取り戻そう」という程度のものであり、CとEが雅叙園観光を共同経営していると主張するのであればともかく、その文面からは被告人が共同経営者であるとまでは認めることができない。平成三年四月一日付覚書(甲四三)は、今後新千里ビルが全責任をもって雅叙園観光の経営に当たり、CやEは一切これに関与しない等の内容であり、新千里ビル代表取締役としてFが記名押印しているが、内容的に被告人側に不利益であるばかりか、その文面等はCやIが証言するように大阪経済法律事務所で作成されたものとしては、まことに不体裁であり、加えて、右作成時期はいわゆるイトマン疑惑に関連して府民信組もマスコミでしきりに報道されていた時期で、到底このような協定を締結する余裕があったとは思われないことなどからすると、Cないしその周辺の者の偽造に係る疑いもあって、被告人の意思内容を認定するのに用いるのが相当であるとはいえない。

しかして、Cが経営権を引き継いだ後の雅叙園観光の役員は、Cと親子のように親密な関係にあるI以下Iの知人で占められており、被告人のいわゆる息のかかった者はいなかったばかりか、被告人において、その後雅叙園観光の株式の過半数を取得したことも取得しようとしたこともなく、同社の実印、銀行印等を管理したこともない。また、府民信組からは直接雅叙園観光には貸出しをしておらず協和に融資をしていたものであり、このことは、Cないし協和が雅叙園観光を経営するものであることを前提として初めて、その簿外手形の処理に当たっていた協和に融資したものとして理解できる。更に加えて、被告人とCとの間に将来の雅叙園観光の経営をめぐって何らかの話合いがなされた形跡はなく、被告人において雅叙園観光の名前を利用した具体的な営業の計画があったとも認められないこと、前記のとおり、IやCが雅叙園観光の経営に関して被告人から一々指図を受けたり重要な決定の相談をしたりしたこともないこと、被告人が融資を、当初の約束である約三〇〇億円を超えた平成二年七月二六日をもって打ち切っていること(本件公訴事実記載の貸出金額は、手形額面合計約二七一億円であるが、実際には、これに加えて、同時期に証書貸付けや大信リサーチ株式会社、東邦産商株式会社を経由した融資が行なわれており、合計融資額は約三一一億円に達していた。乙七・資料三)などの、被告人が雅叙園観光の経営権を掌握し、或いは掌握しようとしていたとすれば容易に理解できない事実も認められる。したがって、被告人、前記のとおり一時は雅叙園観光の経営に自ら乗り出すことを考えていたふしがあったとしても、その後協和へ融資を行うに至った以後においては、雅叙園観光を支配したり将来これを支配・利用する意図があったとは、にわかに認められないところである。

また、検察官は、被告人には、新千里ビルグループが多量に保有する雅叙園観光の株式が、同社が倒産することにより無価値となることを防止するという意味での自己図利目的もあったと主張する。なるほど、本件貸付開始当時新千里ビルグループは雅叙園観光の株式を一二〇万株保有していた事実が認められ(Q・甲一三三)、そうであってみれば、被告人に、これが無価値となることを防止したいという動機があったであろうことも十分推認できるところである。しかしながら、雅叙園観光の株式は府民信組もまた当時多量に保有していたものである(その株式の中には、昭和六三年一月ころ、コスモスグループの一社である真和興産に対する債権担保の趣旨で取得した一六〇万株のほか、前記被告人のE関連の新たな融資の担保として取得したものもあると思われるが、その数は明らかでない)から、その限りにおいては府民信組の利益と被告人の新千里ビル経営者としての個人的利益とは合致することになり、後者だけ独立した目的として存在していたとはいえない。府民信組が保有している雅叙園観光の株式が無価値になることは、結局前記被告人の責任追及に連なることとなり、その範囲で被告人の自己図利目的を考えれば足りるものと思われる。

5  したがって、本件背任罪における被告人の目的については、協和に利益を得させる目的が主要なものであり、府民信組への加害目的は確定的、意欲的なものとはいえず、自己図利目的の内容は、前記の範囲のものに止まっていたと解するのが相当である。

二  被告人の任務違背の態様

次に、前項で述べた被告人の目的に関連し、また、被告人の量刑を考えるに当たっても重要なので、公訴事実にとらわれず、被告人の任務違背の態様について更に詳しく検討する。

1  信用協同組合の代表者は、組合について定められた法令を遵守すべき義務があり、融資を行う際にも一般の金融機関の長以上の責務を有する。

ところで、府民信組は、中小企業等協同組合法に基づき、大阪府下の中小規模の事業者等の経済活動の促進、経済的地位の向上を図るため、地区内の中小規模の事業者、勤労者、その他の者の協同組織により、組合員に必要な金融事業を行うことを目的として設立された信用協同組合である(同法一条、定款一条)。したがって、そのような組合における貸付けは、中小規模の事業者や住民から出資金や預金等の形で集めた資金を組合員の相互扶助のため小口の金融に供するのが本来の趣旨であり、特定の組合員の利益のみを考えて金融を行うことは許されない。特定の者に対する大口の貸付けは、特定の者だけを利する結果になるうえ、もしその債権回収が困難になれば、信用協同組合の財産的基礎を危うくし、多数の組合員に損害を与える可能性があるのであり、判示のとおり法令により同一の取引先に対する貸出限度額が定められているのもそのためである。

そうすると、本件の協和に対する多額の貸付けは、その融資が実質的に東京都内に本拠を置く一部上場会社である雅叙園観光の簿外債務処理のためになされたことと共に、協同組合設立の趣旨に違反している。

また、信用協同組合のする貸付けの対象は原則として組合員であり、員外貸付けは、預金等を担保にする場合以外は組合員たる資格を有する者に対し合計三〇〇万円以内の範囲で例外的に認められていたに過ぎない(中小企業等協同組合法九条の八、同法施行令一条の六第一項一号、二号、R・甲九二・七項)。にもかかわらず、東京都内に本店を有し府民信組の組合員たる資格のない協和に本件のような多額の貸付けを行ったことは、法に禁じられている員外貸付けに当たる。もっとも、協和は、昭和六三年三月大阪府吹田市江坂町に支店設置の登記をしているが、同所には協和の事務所も事務員もおらず、本件貸付けの際にも全く使用されてないから、形だけのものといえる。

更に、信用協同組合には、組合員が相手であっても、判示のとおり同一取引先に対する貸出限度額が定められており、限度額を超過した場合でも、超過貸出金の合計額が組合の総貸出額の二〇パーセントを超えてはならないこととされていた(判示に掲げた各法令)のに、本件貸付けがそれまでの大口融資と併せてこれを大幅に超過していることは、後記大阪府の勧告通知によるまでもなく、明らかである。

2  のみならず、被告人は、判示のとおり、協和に対して、金融機関が融資を行う際に当然遵守すべき条件を無視して、信用あるとはいえない相手に対ししかるべき担保を徴さず融資したものと認められ、明らかに金融機関の長としての被告人の基本的任務に違背している。

(一) 弁護人は、本件貸出しに当たり、被告人は、その返済の原資であると見込まれていた雅叙園観光ホテルの再開発プロジェクトの成功により、協和には債務返済能力があると考えていたばかりでなく、実際に十分な担保を徴し或いはしようとしていたものである旨主張する。

しかしながら、まず本件貸出しに至る手続をみると、被告人は金融機関として当然なすべき協和及びCに対する資力、営業状態、支払能力等に関する信用調査をなさず、雅叙園観光ホテルの再開発プロジェクトの見通しについても詳しく検討しないで、協和に対する融資を約し実行していることが認められる。

すなわち、まず、協和は当時一〇〇〇億円を超える多額の借財をかかえ、既に借入利息の支払いが売上高を上回っており、到底信用がある貸出先とはいえなかった(J・甲九〇・二項、二二九)。にもかかわらず、被告人は、協和に対する信用調査を行なっていない。

この点につき、弁護人は、協和の信用について、あらかじめ銀行照会を行なったところ「まず懸念なし」との回答を得ているうえ、それまでの貸付金の回収もなされていたから、被告人が協和の信用に疑いを抱かなかったのは当然である旨主張する。

しかしながら、右の主張に係る貸付金の回収状況をみると、昭和六三年一月、神戸ニューポートホテルの担保抹消資金として貸し出した約一二七億円は手形のジャンプを繰り返した挙げ句静信リースによる債権肩代わりにより支払いがなされており、その余の貸付けも建設会社からの代理受領により支払いがなされたものであって、いずれも支払いがなされたことがただちに協和の信用状態が良好であることを示すものとはいえない。そのうえ、前記銀行照会は前記ニューポートホテル関連の融資においてなされたもので、本件貸出しの一年以上前に当たるうえ、今回はその二倍以上もの金額の融資であり、後述するように、ほとんど無担保同然の状態で貸し出すことになっていたのであるから、貸金回収の見込みは雅叙園観光ホテルの再開発プロジェクト成否に係っていたことになり、そうであってみれば、その経営を担当するCや協和の信用を改めて評価検討することは極めて重要なことであった。にもかかわらず、何らの調査・検討もしないで本件のような大口貸出しをやすやすとしてしまったところに、被告人の、貸出しリスクを意に介さない姿勢があらわれているといえる。

また、被告人は、本件貸出しをするころまでには、Cが全国に展開する結婚式場平安閣グループのオーナーを標榜していたものの、実際にはそのうちわずか数箇所を支配しているに過ぎなかったこと(乙四・八項)や、判示のとおり、協和から雅叙園観光に約二八四億円の請求があって、失踪したD関係で二八四億円もの焦付債権があることも分かっていたのである。そうであれば、なおさら、Cや協和が信用ある貸出先かどうか疑ってかかるべきであった。

次に、雅叙園観光ホテルの再開発プロジェクトについてみると、その内容は、要するに、同ホテルの建物は国有地上に建っているので、土地を国から安く払い下げてもらい、ホテルの建物を高層化して余剰地を分譲するなどすれば、数百億円を下らない莫大な利益が得られるというものである。しかしながら、後述するとおり、その成功の見通しは極めて薄いといわなければならなかったのに、被告人は、EやCから事情を聞くなどしただけで十分な調査をなさなかった結果、これを認識するに至らなかった。

すなわち、雅叙園観光ホテルはなるほど東京の一等地である目黒駅前に立地してはいるものの、その敷地(東京都目黒区下目黒一丁目一五六番三等四筆)については、同ホテル一、四号館の敷地は国有地であり、これを合資会社雅叙園が賃借していて、株式会社細川エンタープライズが転借し、二号館敷地は合資会社雅叙園が所有し、雅叙園観光株式会社が賃借しており、三号館敷地は株式会社細川エンタープライズが所有しているという関係にあり、一方、建物については、一、三号館の建物はいずれも株式会社細川エンタープライズが所有し、雅叙園観光株式会社が賃借しており、二号館の建物は雅叙園観光株式会社の所有であり、四号館の建物は、登記上は雅叙園観光株式会社が所有しているが、株式会社細川エンタープライズの所有である可能性もあるというものである(甲三五)。したがって、雅叙園観光株式会社は、国有地の上に何らの権利も有しておらず、単なる建物賃借人ないし建物所有者であるに過ぎないのであるから、土地賃借人である合資会社雅叙園ないし転借人である株式会社細川エンタープライズをさしおいて雅叙園観光株式会社が国から払下げを受けることが可能であるとは容易に考え難いうえ、当時既に一、三号館の建物所有者である細川エンタープライズから建物明渡訴訟を提起されてもいたのである(ちなみに、被告人は昭和六三年一二月ころ右訴訟のことを知ったと思われるが[乙六・四項]、その後も、相手との間に和解の可能性があるか等の訴訟の見通しについて、Iに尋ねたのみで、しかるべき調査をしていない。被告人質問・二四回公判四〇丁)。そうであってみれば、右再開発プロジェクトの大前提である土地の取得が困難であることになり、その成功の見通しも容易でないことは明らかであった。

のみならず、雅叙園観光の簿外手形の額は、Dの後同社の経営を引き継いだEが乱発したものも相当額に上っていた結果、当初の予想をはるかに超えて七八〇億円にも達していた(I証言・八回公判二八丁)。したがって、Cが一方で簿外手形の処理をしながら他方において再開発を成功させるなどということは、極めて困難なことであったといわざるを得ない。

しかるに、被告人は、本件融資のためではなく、前記のとおりEから融資申出があったためではあるが、自ら雅叙園観光ホテルの見分を遂げたうえ府民信組相談役で被告人の腹心的立場にあったFに帳簿類の調査もさせているのに、右のような雅叙園の再開発が困難である状況を何ら発見しておらない(ただし、Fの調査によれば、雅叙園の簿外債務の額は、最初に示された一覧表記載の額よりも多く、約三〇〇〜三五〇億円程度あるとの印象を受けていた。F・甲一八一・四項)のは、いかに調査が杜撰であったのかを物語っている。本来雅叙園観光のような一部上場企業において、この種簿外債務が多量に存在しているということ自体、通常あり得ない異常な事態であるといわなければならず、簿外に存在するものであってみればその全容の解明は容易ではなく、慎重な調査を必要とすることは明らかであるのに、融資を申し込んだEの配下であるKから示された一覧表(総額二六八億円。甲三八)をほとんど鵜呑みにしたと同然の形となっている(前記のとおり、Fは一覧表記載の債務よりもやや多いという印象を持っていたが、それでも実際の額よりもかなり少なめに見積もっていたことは動かせない)。少なくとも長年不動産業を営んできた被告人にとって、雅叙園観光ホテルの再開発プロジェクトが容易であるか否かは、土地建物の登記簿を閲覧し、実際に土地や建物の所有者らから話を聴くなどすれば容易に判明したはずのものである。

このことは、前記Cや協和の信用調査について述べたのと同じく、やはり利益の面にのみ目を奪われて、そのリスクに意を用いない態度があらわれているといわれてもやむを得ない。

(二) なお、弁護人は、当時はバブルの最盛期の経済情勢の下にあったこともあり、雅叙園再開発のようなプロジェクトを完成させることによる見込利益を回収財源と考えたとしてもおかしくはなく、本件において、プロジェクト未完成の間十分な担保が得られなかったため、結果的には担保不足により協和に対する貸付金が焦付債権となってしまったとしても、右のようないわばプロジェクト融資の性格からすれば、やむを得ないものであったとも主張する。

しかしながら、右のような融資が、前述のとおり公的役割をになう府民信組のような金融機関において許されるものであるかは、おおいに疑問とされるところである。のみならず、そもそも本件融資の目的は雅叙園観光の簿外債務の整理であって、雅叙園観光ホテルの再開発等とは直接のつながりはないものであるから、仮に右のようなプロジェクト融資なる概念を認めたとしても、本件がこれに該当するものとはいい難い。そのうえ、そのような融資形態であってみれば、融資する側において、十分な調査を遂げプロジェクトの完成の見込みや時期を検討判断し、プロジェクトが未完成の期間であっても可能なだけの担保を徴することにより、リスクを最小限度に止める慎重な態度が求められるのはいうまでもないところである。このことは、当時バブルが最盛期であったとしても、急激な経済成長がいつまでも続く保証がない以上変わるところはない。しかるに、本件融資においては、前記のとおり到底十分な調査がなされたものとはいえないばかりか、後述のとおり担保についても、リスクを局限しようとした努力の形跡は認められないのである。したがって、右の主張は採用できない。

(三) 以上を要するに、被告人は貸出先の信用調査も、貸出しの返済原資である雅叙園観光ホテル等の再開発プロジェクトの成否の見通しの検討もしないまま、ただ相手の言う再開発プロジェクトの成功を軽信して簿外債務の整理資金を融資したものであって、それだけであっても、十分金融機関の長としての任務に違背するものである(ちなみに、府民信組の貸出規定には、貸出しは回収確実と認められる場合のみ行なうものであること、投機的な貸出需要に対する貸出しは行なわないことがうたわれている[同規定第二章の1、6])。

(四) 次に、本件の協和に対する個々の貸出しに関しては、協和と府民信組との間に交わされた書類等の上で、担保として挙げられているものが存在する。しかし、これらについてはいずれも、府民信組の内部において、通常担保を徴求する際になされる担保調査がなされておらず、担保物件評価判定書も作成されていないのであって、文字どおり書類上の形だけの担保といえる。

この点について弁護人は、そのそれぞれにつき実質的な担保力があると主張するので、更に検討する(なお、乙七資料三)。

(1) まず、府民信組本店から直接協和に貸し出したもの(別紙1ないし4、6、8ないし10、13ないし17。手形金総額七〇億五八〇八万一七五六円)の担保は関ゴルフ場の用地(協和所有の岐阜県関市小迫間字東別所八三三番一の山林等一五七筆)であったが(甲一八三資料七、一〇)、当時Cの手により造成途中であって、完成したゴルフ場としての価値を有しておらず、評価も換価も困難で担保としての適格性に疑問があった(ちなみに、府民信組の貸出規定によれば、遠隔地の物件、山林等は担保不適格とされていた[同規定第一章の6])うえ、ノンバンクに対し既に極度額約五八億円の先順位根抵当権設定登記がなされ、更に借替えにより極度額百数十億円の根抵当権設定も予定されていた(L・甲一五四・四項、F・甲一八三・四項)。のみならず、根抵当権の設定契約はしたものの登記留保とされたため、金融機関として当然備えておくべき対抗要件がなかった(これも貸出規定によれば、登記留保は原則として認めないことになっていた[同規定第三章の11])。

弁護人は、このような結果となったのは、Cから、当時合筆登記の手続が進められているのですぐには設定登記はできないが合筆登記が済めば必ず設定登記を行なう旨申し入れがあったので、それまで登記を待つこととして、一件書類を司法書士に預けたままとなっていたからに過ぎないというのである。

しかしながら、当時の経緯を検討すると、証拠によれば、①本件の関ゴルフ場用地は、被告人とCとの担保設定の話の当初から登記留保の形で担保とすることが予定されていたものであること(乙六・一二項)、②同ゴルフ場用地につき被告人より指示されてL司法書士に受理証明書の作成を依頼したFは、同司法書士から、先順位抵当権を設定する関係で手元に登記済権利証がないことや受理証明書に「登記留保」という文言を入れることを聞き、このことを直ちに被告人に連絡してその了解を得たこと(F・甲一八三・五項、乙八・二項。なお、受理証明書は甲五〇)、③右根抵当権設定の極度額は、当初の五〇億円から、貸出額が増えるに従って、八〇億円、一二〇億円と変更されたが、八〇億円に変更したときは被告人とCとの話合いのみで契約書は作成せず、一二〇億円に変更したときは前に作成していた根抵当権設定契約書に加削訂正しただけであり、特に極度額変更の段階でゴルフ場造成工事や合筆手続の進行状況を調査した形跡はなく、巨額の融資の担保であるにもかかわらず、その扱いはいかにも杜撰であったといわなければならないこと、④本来合筆手続をすると否とにかかわらず、複数筆の不動産に根抵当権設定登記をすることは可能であり、自らすすんで根抵当権設定登記手続をなすのに妨げがあったとも思われないのに、被告人は、その後C司法書士に登記を実行するように促したことはなく、登録免許税を支払おうともしなかったこと(L・甲一五四・一二項)、以上の事実が認められる。

以上によれば、被告人は、根抵当権設定にあたり、これが登記され対抗要件を具備することがきわめて重要であったにもかかわらず、登記をしないことを了解していたばかりでなく、その後も替わりの担保を徴したわけでもないのに未登記のまま放置していたものであり、最初から根抵当権設定登記をする意思などなかったといわざるを得ない。このような措置は、右根抵当権につき、監督官庁である大阪府に対し、通常の担保設定と同様に報告し登記留保であることを明かにしていないことと共に(G・甲一九四・六項)、検察官主張のように、大阪府の検査対策のためと言われてもやむを得ないところである。

(2) 次に、大信ファイナンス株式会社名義の普通預金口座から協和に送金されたもの(別紙5、7、24、30。手形金総額三八億三一二七万三九七一円)の担保は瑞浪ゴルフ場の用地(岐阜県瑞浪市陶町大川字十三塚九一八番一の山林等五六筆)であったが、当時右土地につき協和は何らの権利も取得しておらず、将来地主から所有権ないし地上権を取得したときは、遅滞なく極度額四〇億円の根抵当権設定の手続を行うという覚書(甲五〇)を徴しただけであり、そのうえ同土地は当時開発許可すら取得しておらず、造成も未着手であり、それだけでも担保としての適格性に問題があったことは関ゴルフ場用地と同様であった。

弁護人は、右ゴルフ場用地は設定登記することを約していたところ、いわゆるイトマン事件報道により、協和が所有権を取得できず、したがって、根抵当権も設定できない状態のままになった旨主張するが、右覚書を徴した時点では地主とのこのような権利設定契約すら未了の状態であったというのである(C証言・二回公判三七丁)から、ゴルフ場オープンのめどは全くついていなかったことになり、いくら根抵当権設定の覚書を徴したところで、到底債権担保たり得るものでなかったことは明らかである。

(3) 大信リース株式会社名義の普通預金口座から協和に送金されたもの(別紙11、12、18ないし23、25ないし29、31。手形金総額一六二億〇八〇〇万円)の担保は、茅場町不動産(東京都中央区日本橋茅場町三丁目一六番三の宅地等四筆及び同地上の建物。甲一八四資料七、同四)、京都ゴルフ場用地(京都市伏見区醍醐陀羅谷谷山三番一の山林等七〇筆の所有権ないし地上権。甲一八四資料八)、株式会社相武カントリー倶楽部の株式一万八四〇〇株(株式担保差入書・甲五〇)及び同会員権四〇〇口(額面合計二四〇億円。甲一八四資料一〇)であったが、前二者は協和が未取得の不動産に係るもので、担保設定に至らず(なお、京都ゴルフ場は開発許可も取得していなかった)、後二者は、東京都八王子市所在の名門ゴルフ場に係るもので、Eが提供したプロジェクトであり、雅叙園観光ホテルの再開発事業同様、これを再開発することによって収益を上げて手形整理資金の返済原資とすることをもくろんでいたものであるが、同カントリー倶楽部は非上場会社で株式の譲渡制限もあり(甲二三八)、株式の評価も換価も困難なもので担保としての適格性に問題があったことは前同様であるばかりか(府民信組の貸出規定によれば、担保として認められるのは、原則として上場会社の株式に限られていた[同規定第一章の6])、右株式は発行済株式(四万株)の過半数に達していなかったから、同会社を支配することもできなかった。会員権に至っては、代表権のないCが勝手に同カントリー倶楽部代表取締役の肩書を付して印刷したもので、預託金の払込みがなく、単に印刷しただけのものであった。以上いずれも債権担保としての意味を全くあるいはほとんど有しないものであった。

弁護人は、後二者について、協和から更に五二〇〇株を差し入れる旨の念書を徴しており、これを入手すれば発行済み株式の過半数を占めることになっていたから、右の株式も会員権も十分価値があったと主張するが、右追加分の株式をCにおいて現実に取得しておらず、また将来取得して経営権を握る確実な見通しがなかった以上、右株式に十分な担保価値がないことはいうまでもなく、また、何らの法的権限もなく印刷された会員権に担保としての効力を云々することなどできないことは明らかである。

(4) 更に弁護人の主張にかんがみ、その後の担保関係を検討すると、判示の各貸付けに伴い振り出された本件各手形は、その決済期日に支払いがなされず、いずれもいわゆる元加書替えによりジャンプされ、これに伴い担保の差替えがあり、伊藤萬株式会社(以下「イトマン」という)の保証予約念書が徴されたりしたが、右差替後の担保をみても、外形のみ相応の担保を徴したようになっているだけで、実質は担保価値が大幅に不足していることは明らかである。(ちなみに、本件貸付けは、手形のジャンプを繰り返した後、株式会社ウイングゴルフクラブ振出・協和等裏書の約束手形五通[額面合計六六七億三五〇〇万円。ただし、起訴されていない貸付け分も含む]となり、平成三年五月一四日、支払場所である中京銀行熱田支店に呈示されたが、不渡りとなり[甲二三、二四]、以後いわゆる焦付債権となったものである。)

すなわち、平成元年一二月四日付でインペリアルウイングゴルフ倶楽部ゴールドコース(関ゴルフ場)の会員権合計一〇〇〇口(額面合計三〇〇億円)が府民信組等に差し入れられているが(「証」と題する書面三通・甲五〇)、前記のとおり右は未だオープンしていないゴルフ場に係るものであるうえ、パブリック制のゴルフ場として予定されていたものであり(甲二四〇)、預託金の払込みもなく、単に印刷しただけのものであったから、たとえ、Cから二重発行をしない旨の約定をとっていたとしても、その時点において担保価値を有しないことは前同様である。

また、平成二年三月五日付で、イトマンが協和の手形債務を四一五億円の限度で保証予約をする旨の念書が差し入れられ(甲四一)、前記相武カントリー倶楽部の株式、会員権、関ゴルフ場の会員権等が返還されている。しかし、これは、当時イトマンがCのプロジェクトを引き継ぐこととなったことに関連し、イトマンがその取締役の地位を有するCの経営する協和の本件貸付金債務の保証予約をするという、必ずしも明朗とはいい難い過程において発行されたもので、取締役会の議事録も添付されておらないという不備があった。そればかりでなく、当時被告人においては、右念書に基づき、協和の手形を交換に回して不渡りとしイトマンに保証債務の履行を請求するなどという意思がなかったというのであり(乙一二・八項)、どれだけイトマンの保証債務を重視していたか疑問である(なお、これとは別に同日付で一三五億円の範囲でイトマンが保証予約するという内容の念書も存在するが[甲四一]、その債務が本件に係るものであるのかどうか、被告人とCの供述が相反しており、確定できない)。

その後、右保証予約念書は、いかなる理由からか平成二年一一月イトマンに返還され(平成二年一一月一四日付書面・甲四二)、これと引換えのような形で瑞浪ウイングゴルフクラブ蘭仙コース(瑞浪ゴルフ場)会員権六五〇口(額面合計一九五億円。甲一九五資料五)、前記インペリアルウイングゴルフ倶楽部ゴールドコース会員権一一二五口(同六七五億円。同資料七)、前記相武カントリー倶楽部ゴルフ場の中心部でミニコースを運営していた株式会社エスビー商事の株式五三〇株(ただし、うち一二〇株は現実には提出されず。弁四九の一ないし五)等が差し入れられるなどしたが、前記会員権が未だオープン前のゴルフ場に係るもので預託金の払込みもなく、担保価値を認め難いものであることは前同様であるばかりか、エスビー商事の株式にしても、非上場会社で株式の譲渡制限があり(甲二三九)、評価も換価も困難なもので担保としての適格性に問題があったうえ、現実に差し入れられた株式は発行済株式(一〇〇〇株)の過半数に達していなかったから、同会社を支配することもできず、そのため、本件債権が後述するように新千里興産株式会社に移管された後も、前記会員権や株式は処分されないままとなっている模様である。

(5) このように、本件貸付けが、債権担保に何ら意を用いないで、単に形だけの担保を徴求しあるいは徴求しているかのような外形を仮装したのみで満足して融資実行されたものであることは、本件の担保そのものに徴しても、その後の経過をみても明らかである。このこともまた、前記信用調査等について述べたのと同様、被告人の一貫して府民信組のリスクを軽視する態度をあらわしており、金融機関の長としての被告人の任務に背いているといわざるを得ない。

(五) 付言するに、本件協和に対する貸出しの手続を仔細にみると、協和等からの連絡に応じて手形決済に必要な資金を府民信組から送金しているが、右送金に際して、手形割引の決裁手続が間に合わず、融資決定前に相手の指定の口座に送金している事実が多々認められる(甲四六、M・甲一一八)。このような手続は、融資決定までのリスクを府民信組がそのまま負担することになる危険な扱いといわなければならない。

3  更に、府民信組には被告人も関与して昭和六二年九月改定された貸出規定があり(甲五)、貸出しの際にその規定内容を遵守すべきことも当然である。

しかるに、本件協和に対する貸出しは、判示に掲げた、貸出諸条件に照らし回収確実と認められない場合になされたこと、貸出額に相応する確実な担保を徴求しないでなされたこと、商取引の裏付けのない金融手形の割引を行ったことの諸点、前記2で掲げた、担保徴求の方法などの諸点のほか、利息は原則として前取りとすることとされていたのに(貸出規定第二章の11)、協和関係の手形については、手形のいわゆる元加書換えによるジャンプを反復していたことなどの点で貸出規定の定めに違反している。もっとも、右元加書換えを行ったのは、当然のことながら本件融資後のことであるが、被告人は、貸出前の平成元年一月下旬ころから、職員に対し「協和関連の手形は回さないことになっている」「長いスタンスで見てくれ」と指示したというのである(N・甲一五一・三、四項)から、当初から本件貸付けにからむ協和関係の手形は、満期が来ても当然ジャンプすることが予定されていたと認められる。

4  以上、被告人は、本件貸付けに当たり、法令違反、貸出規定違反と共に金融機関の長として当然遵守すべき義務に違反し、これら多くの点で著しい任務違背が認められる。

(法令の適用)

罰条 包括して刑法六〇条、平成三年法律第三一号による改正前の刑法二四七条、罰金等臨時措置法三条一項一号

(行為時は前記法条、裁判時は右改正後の刑法六〇条、二四七条の適用があるので、同法六条、一〇条により、軽い行為時法を適用)

刑種選択 懲役刑

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、府民信組の理事長(代表理事)である被告人が、協和の代表取締役である共犯者Cらと共謀のうえ、平成元年二月から七月までの半年間に三一回にわたり、雅叙園観光の簿外手形債務の処理等に充てるため、同信組の代表者としての任務に違背し法令や貸出規定等を無視して、右協和に対し額面合計約二七一億円の手形割引名下に合計約二六七億円を貸し出し、その回収を困難にさせて、得べかりし利益を含む右手形金額相当の損害を同信組に与えたという事案であり、前示犯行の内容その他本件審理に現れた一切の情状を考慮して主文の刑に付するのを相当と認めたのであるが、量刑上特に当裁判所が考慮した諸事情を以下に挙げる。

一  被告人のため不利益に斟酌すべき事情

1  額が巨額に上っており、被害甚大であること

本件の被害額は府民信組から支出された額だけでも約二六七億円に達し(割引された手形額面で計算すると約二七一億円)、この種背任事件の中で稀にみる巨額となっている。これは、平成元年三月末の貸出総額約一一四〇億円(N・甲一四四資料一)の約二三パーセントにあたる。

なお、起訴されていない分については重視するのは相当でないが、被告人が関与してなされたCないし協和関連融資の焦付債権の総額は、本件のように株式会社ウイングゴルフクラブの債務に集約されたものだけでも平成三年五月現在元利合計六六七億三五〇〇万円に上っている(前記「補足説明」二2(四)(4)、覚書・甲二一六。ちなみに、Cの他の案件やE関連のものを含めると合計九〇〇億五二〇〇万円に達する)。

2  本件貸付けが法令や貸出規定等に多くの点で違反し、任務違背の程度が著しいこと

被告人が、信用協同組合の代表者として、法令や組合内の諸規定を遵守し、安全確実な融資に心がけるべきことは当然であるところ、本件貸出しが、法令や貸出規定等にうたわれている「無担保貸出しの禁止」「金融手形の割引禁止」「貸出限度の制限」等多くの規定に違反し、被告人の信組理事長としての、また、金融機関の長としての任務違背の程度が著しいことは、前記「補足説明」二において、詳述したとおりである。とりわけ、信用協同組合が本来地元の中小企業者等の協同組織であり、その金融の目的がこれら組合員に対する小口金融にあることからすると、右のような任務に違背して組合の財産的基礎を危うくし、多数の預金者や出資者の財産を危険にさらした被告人の行為は、厳しく責められねばならない。豊国信組との合併等により府民信組が多額の不良債権を抱えたという事情があったとしても、被告人のこのような行為が正当化され得ないことは既に述べたとおりである。

3  右のような貸付けは、監督官庁の指示を無視して行われたこと

本件貸付けがいわゆるダミー会社を介して貸出先を分散させ、手形割引の方法をとったのは、貸出限度額の超過と特定相手方への貸出し集中の指摘を回避しようとしたもので(貸出規定第一章3(3)、第二章8によれば、同一取引先に対する貸出限度額には、商業手形の割引の額は含まれない)、大阪府の検査対策のためであったといわざるを得ないが、昭和六三年八月時点の定例検査により、平成元年三月、大阪府から、大口信用集中・限度超過貸付金の是正、手形ジャンプ・手形割引の慎重な取扱い等改善措置の勧告通知を受け(定例検査の結果通知書・甲二九)、その後も大口手形割引による大型プロジェクトへの融資は組合の目的に反する旨指摘されたにもかかわらず、これを無視して協和に対する大口信用集中による限度超過貸付け及び手形ジャンプを予想した手形割引を繰り返したことは、積極的な任務違背の犯意に基づく行為といわなければならない。また、大阪府の係員に対し、京都ゴルフ場や関ゴルフ場の用地を規定どおり担保としてとっている旨説明していること(O・甲一〇三・三項)も、看過することができない事実である。

4  このような大口融資は、被告人の以前からの経営方針に基づき敢行されたものであること

被告人は、理事長に就任した一年後の昭和六二年三月ころから九月ころにかけて、Dの経営するコスモポリタングループへ府民信組から新千里ビルを介して百数十億円もの融資を行っており、その資金が仕手戦に使われたことがマスコミで報道され非難を浴びたにもかかわらず、その後も本件直前の平成元年一月ころまでに、地上げ等も行っていた協和に不動産取引資金等として、合計二〇〇億円を超える貸出しを行ない、また、雅叙園観光の経営支配権を掌握したEに対しても、前記「補足説明」一3のとおり、同社の手形処理等のため総額百数十億円の融資を行っている。したがって、このような信組本来の事業目的とは背反する、地上げや仕手戦のような危険性が高い取引をしている企業に多額の資金を投入するという経営態度は、何も本件に限ったものではなく、被告人の以前からの経営方針に基いていたものと考えざるを得ない。

右のことからすると、被告人はそもそも、多数預金者から預かった預金を堅実に運用し、これを安全確実に保持するという金融機関の公的な使命に関する自覚を欠いていたものであり、実業家としては秀れていたとしても、金融機関の長としては決して適格とはいえなかったと認められる。そして、本件のように単に貸出しの量のみを追求しそのリスクに意を用いない経営方針は、いずれは破綻を来すべきものであったから、本件及びこれに引き続く府民信組の経営危機は、いわば、起こるべくして起こったものとすらいえる。

5  本件犯行動機に特段斟酌すべきものがないこと

右に述べた経過から考察すると、本件の協和に対する融資もそのような被告人の経営方針の表れと評価すべきであり、犯行動機に特に斟酌すべき事情はない。被告人の犯行目的には前記のとおり自己に対する責任追及等を免れようとする点が認められるところ、当時具体的に被告人について組合内部及び外部から責任問題が浮上しようとした形跡はなかったから、右被告人の自己図利目的は必ずしも一次的なものとはいえないのであるが、これも一つの利己的な犯行動機として軽視することができない。また、これも前記のとおり、被告人の期待ないし願望としては、本件融資によりコスモスグループに対する債権の回収が図られるなど府民信組の利益を考えていたことも否定できないのであるが、これまでに述べた客観的状況からすれば、それは単なる僥倖を期待するに等しいというべきであるから、右の期待等をもって、特に犯行動機として有利に斟酌するのは相当でない。

6  本件を含む一連の被告人の多額の不良融資が府民信組に与えた影響は甚大であり、社会に与えた影響も看過できないこと

前記のとおり、本件を含む被告人に関連する不良債権の額は、平成三年五月現在で合計約九〇〇億円もの巨額に上り、そのころにはいわゆるイトマン事件の報道により府民信組もマスコミからこれに関与したものとして指弾を浴び信用を失った結果、大口の紹介預金等の解約により預金額が急減するなどし、府民信組は経営危機を迎え、取付け騒ぎが生ずることさえ懸念されるに至った。そこで、協力関係にあった金融機関である富士銀行や大阪府が中心となり協議した結果、同年九月府民信組再建のための協定が締結され(甲二一六、弁二四)、右不良債権を府民信組から分離して、新たに新千里ビルグループが九五パーセント、富士銀行が五パーセント出資して設立された新千里興産株式会社に移管し、右移管に際してその債権買取資金は富士銀行が右新千里興産に融資し、これとは別に同銀行や大阪府等から合計四三〇億円の支援資金を府民信組に融資ないし預金するとこととして、立直しを図ることとなった。その後、府民信組は、自主再建に努めてきたが、経営が好転しなかった結果、平成五年一一月一日をもって信用組合大阪弘容に吸収されて、その姿を消した。

府民信組は、これまでに触れたように被告人とは関係のない多額の不良債権も抱え、その意味でもともと体質的に弱い点があり、本件発覚による経営危機の原因全てが被告人の責めに帰すべきものとまではいえないにしても、本件を含む一連の不良融資及びそれが報道されたことによる信用失墜など、被告人が残した有形無形の爪痕がその原因の大きな部分を占めていることは疑いを容れないところである。前記再建計画によって、関係機関に与えた影響も大きく、特に大阪府は、低利(年利一パーセント)で五〇億円を融資することになった結果、多数の納税者に与えた影響も甚大である。なお、府民信組がその後消滅したことについての原因は、金融事情の悪化など他の要因もあると認められ、一概に評価することは困難であるとしても、被告人の本件一連の不良融資による信用失墜が一つの原因をなしていることは否定できない。

更に、本件が発覚し報道されたことにより、他の信用協同組合など一般の中小金融機関に対する社会的信用まで害してしまったことも、無視することはできない。

二  被告人のため有利に斟酌すべき事情

1  本件には被告人の財産的利害が希薄であること

被告人は、本件犯行によって財産的利益を得ようとしたとは認められず、現実にも、本件によって利益を得たのは協和及びC、あるいは簿外手形が決済された雅叙園観光であって、被告人は何ら財産的利益を受けていない。

ところで、検察官は、本件の背景として、被告人は府民信組を私物化していた旨主張し、その証左として、被告人は府民信組の退職者を自己の経営する新千里ビルグループの企業に迎え、府民信組の支店の用地を格安で提供するなど府民信組に対する自己の支配力を強めようと図っていたこと、新千里ビルグループが、一方ではノンバンクから融資を受けて府民信組に定期預金しそれを右ノンバンクに担保として提供しながら、他方では右定期預金証書のコピーをあたかも原本であるかのように府民信組に差し入れて、結果的に府民信組から無担保で融資を受けていたという事実があること、を挙げている。

確かに、前記各事実は被告人も自認するところであって、いずれも証拠上認められるものではあるが、前段の事実については、これがいうように被告人が支配力を強めようとしてした行為であることまでの証拠はなく、弁護人の主張するように、これまで被告人が府民信組のために尽くしてやっていたことの一部であるという見方も十分可能であるといえる。後段の事実は、公私混同もはなはだしく、到底許されないところではあるが、そもそも新千里ビルグループの企業は、昭和六三年ころから、ノンバンクから借り入れた金員をそのまま府民信組に定期預金をしていたものであるところ、右は新千里ビルグループが金利のいわゆる逆ザヤを負担しながら府民信組の資金繰りに協力していたものと認めるべきであって、その額は多いときでは数百億円にも達していたというのである。しかるに、前記無担保融資金はその一部であって、その額も多いときで二百数十億円程度であり(N・甲一六四・六項)、したがって、このような行為の結果としての新千里ビルグループと府民信組との間の損益は必ずしも明らかではない。そうであってみれば、公私の弁えのない被告人の自覚のなさを責めるのであれば格別、被告人が府民信組をいわゆる喰い物にしていたとまでは認められないところであるから、これを被告人の府民信組私物化の証左であるとして、不利益な情状として考慮することは躊躇される。

また、本件が、検察官の主張するような被告人の雅叙園観光に対する支配欲から発したものであるとも認められないことは、前示のとおりである。

2  本件犯行に至るについて府民信組側の体質にも問題があったこと

被告人は、もともと不動産業の経営者であって、金融機関の運営には疎いものであったところ、府民信組の支店開発用地の斡旋や、担保として取得した不動産の処分等不動産に関する知識を買われて同信組の相談役になり、裸一貫から新千里ビルグループを築き上げた経営者の手腕を生かし多額の不良債権を抱えた府民信組を立て直し営業規模を拡大することを期待されて、代表理事になったと認められる。とするならば、府民信組の代表者となった被告人が、それまでの金融機関の経営者と異なり、ある程度事業家的発想で運営を行い、組合の規模を拡大しようとすることは当初から予想され、また、期待されていたものということもできる。はたして、被告人が代表者となった後の府民信組は、預金額、貸出金額とも急増し、その貸出しの中には、前記のとおりDやEに対する多額のものなど信用協同組合の本来の融資目的に反するものが含まれ、これらは理事長承認案件として被告人がまず融資を決定し役員に指示したものであるが、一応役員会にかけたり決裁書類が作成されたりして通常の業務として処理され、他の職員の目から特に隠蔽されていたことはないのに、幹部職員らから、そのような融資の危険性が指摘され中止するよう強く意見を述べられた形跡がないということは、たとえ被告人にワンマン的な面があり容易に他の者の助言を聞き入れない性格を有していたとしても、看過することができない事実である。そして、本件協和に対する貸付けもその延長であることからすれば、このような危険な貸付けをやすやすと許してしまったのは、府民信組の体質そのものにも問題があったと認めざるを得ない。ちなみに、本件貸出しは平成元年七月をもって中止されているが、これとて、それまでの融資額が、被告人がCに対し当初の雅叙園観光の簿外債務の処理に必要な額として見積もっていた約三〇〇億円を超えたにもかかわらず、依然としてCが融資を求めてきたのに不信感を抱いて、被告人自身の判断で中止したものなのである。

また、昭和六三年四月の豊国信組との合併の影響については一概に評価することはできず、たとえいかなる事情があろうとも本件のような危険な貸付けが許されないことは既述のとおりであるが、被告人が本件を含め大口融資に走った一因として、それまでの府民信組の経営不振に加えて、大阪府主導の下で豊国信組を合併したことにより同組合の有していた不良債権をも引き継ぐ結果となり、そのころから富士銀行を通じて紹介預金が入ってくるようになったこともあって、大口貸出先に多額の貸付けを行い、全体規模を拡大することにより不良債権の占める比率を下げかつ利益を上げるという誘惑に、一層かられるようになったことも無視することはできない。すなわち、多少のリスクに目をつぶってでも大口金融に走るのが被告人の以前からの経営方針であったことは前述のとおりであるが、豊国信組合併以後の府民信組の経営環境がその傾向を更に助長するものであったことも十分認められる。

3  本件犯行による府民信組の直接の金銭的被害が全額回復されていること

前記一6で述べたとおり、本件を含む被告人に関連する不良債権約九〇〇億円は新千里興産株式会社に移管され、債権買取資金を富士銀行から融資を受け府民信組に交付したことにより、府民信組にとって本件の直接の金銭的被害は全額填補されたことになる。もっとも、これによっても信用失墜など府民信組が蒙った無形的な被害は回復されたとはいえず、前述のとおり大阪府民を含む他の多くの者に与えた影響も看過できないが、ともかく背任の被害者の直接的な損害が回復されたことは評価するに値する。

4  被告人が被害回復のため努力してきたこと

被告人は、前記再建協定に際し富士銀行に新千里ビルグループ及び被告人個人所有の不動産、ゴルフ会員権、株式、生命保険、その他の動産等資産の大部分を担保等の形で提供し(弁二五、二六、二八)、個人保証もしている(甲二二四)ほか、府民信組から本件とは関係のない焦付債権の回収方の協力を求められ(弁三〇)、現在までに約一三七億円の回収がなされている(弁六九)など、本件の被害回復に努め、府民信組存続のための努力をしてきた。なお、債権買収資金を融資した富士銀行は、もちろん進んで支援を引き受けたわけではなく、大阪府からの強い要請があって、府民信組倒産という最悪の事態を避け金融秩序を維持するためにやむなく引き受けたものとは思われるが、被告人がその際前記のとおり新千里ビルグループを含む資産の大部分を担保として提供したことによってその融資がなされた事実は見過ごすことができない。

5  被告人がこれまで府民信組のために貢献してきていること

被告人は、最初に府民信組に関わりをもったA理事長の時代から支店用地の手配などの尽力をしてきたが、その後も府民信組の経営を助けるため、出資金の拠出、不良債権の肩代わり、府民信組が他から融資を受ける際の担保提供、ノンバンクから借り入れた資金の逆ザヤを負担しての預金、合併した豊国信組関係の簿外債務の決済、府民信組の決算対策のための同信組保有株式の買受け、新千里ビルグループ所有土地建物の同信組営業店舗としての安価な賃貸など府民信組のため財産的支援を行ってきた。弁護人は、このようにして、被告人ないし新千里ビルグループが府民信組のため負担した金員は、合計三二〇億円を越えると主張しているところ、証拠上そのすべてについて裏付けがあるわけではなく、その中には重複していたり被告人側に返済等されているものも相当程度含まれているとは思われるが、被告人が府民信組に関わりをもって以来かなりの額の財政的支援を行ったことは間違いないと認められる。

また、被告人は、理事長に就任後、府民信組の取引先開拓や支店の督励のため、出張費もとらず給料は全額積金に回して奔走し、職員からブルドーザーというあだ名まで頂戴して職務に励んだほか、新型コンピューターを導入してオンライン化に対応できるようにし、職員の待遇を改善し、更に、以前の経営者らが、それまでの慣習に基づく業務処理に安住して怠っていた貸出規定等の内部諸規定を整備するなどの内部改革を行った。

被告人がこのような活動を展開した反面として、府民信組を自己の経営する新千里ビルグループの企業の一員と同様に考えるようになった結果、金融機関の有する公的使命に対する自覚がおろそかになり、他方では、その業容拡大路線が必ずしも信用組合本来の業務のあるべき姿とは一致せず、いずれも本件の遠因となったと考えられることは遺憾ではあるが、だからといって、被告人が府民信組に愛着を抱き大切に思い、数々の貢献をしてきたことまで無視するのは相当でない。

6  被告人が今後も信用組合大阪弘容に協力し、富士銀行に負債を弁済することを誓っており、かつ、それが可能であること

府民信組は、結局再建ならず信用組合大阪弘容に吸収されたのであるが、被告人は、今後も同信組に対して府民信組に対するのと同様、不良債権の回収等の協力をする旨誓っているほか、従前どおりの営業店舗の賃貸を続けており、合併により退職した従業員の一部を新千里ビルグループで雇用することを申し出ている(弁七六ないし七八)。被告人は、今後も、前記のとおり新千里ビルグループや新千里興産が富士銀行から借り入れた債務を誠実に返済し、提供した担保の処分などをしていくことを誓っており、実際に、被告人が提供した不動産やゴルフ会員権などは順次換価処分され、本件が含まれているウイング案件に関しては平成六年二月までに約一一〇億円の返済がなされている(弁六三、七九、八〇)。被告人や新千里ビルグループが提供した担保は、現在の不況下では価額が下落しており容易に処分できないものもあるが、貸しビルなどの賃貸収入は確実性があり、長い目で見ると不動産の価額上昇の可能性もあるから、将来の返済の見込みもあると認められる。

なお、富士銀行からは、被告人の手腕の発揮が今後の債権回収に不可欠である旨の弁護人宛の回答書(弁六三)が提出され、合併前のものではあるが、府民信組からも、今後も被告人の協力を願いたいとの意向が示されており(P証言・五丁)、更に富士銀行に対し債務を負担している新千里興産からも、被告人が今後とも力量手腕を発揮されることが必要であるとの上申書(弁七五)が提出されている。

7  その他

被告人は、捜査段階では、本件が自己の事業家的発想でなされたことを反省する供述をしていたが、公判における供述は、公的金融機関の長としての責任に対する自覚が未だ不十分であるとの感があり、場合によっては部下の職員に責任を転嫁するように供述までしているのは遺憾である。しかし、それでも本件一連の融資に対する最終的な責任は理事長であった自分にあり、これを免れるつもりはない旨明言しており、反省の態度が認められる。

被告人にはさしたる前科がなく、事業家としては有能で、大過なく過ごしてきたものである。仕事を離れては、社会福祉の面で貢献しており、その関係者から被告人の寛大処分を願う嘆願書(弁七二、七三)が提出されている。もちろん被告人がオーナーを務める新千里ビル株式会社の社員一同も被告人の寛大処分を願っている(弁七四)。

三  結論

以上るる述べた諸事情、とりわけ、被告人の府民信組の代表者としての任務違背の程度が著しく、その被害が甚大であり、その点で本件が悪質重大事件であることからすれば、本件は、被告人に対し実刑をもって臨むべき事案と考えられる。しかしながら、他方、本件犯行によって被告人が全く利得していないこと、被告人のこれまでの被害弁償に対する努力が評価でき、直接的な被害が全額回復されたほか、富士銀行に対する債務返済等も期待できること、その他被告人のこれまでの府民信組に対する貢献など被告人のため有利に斟酌すべき事情も多々認められるので、主文掲記の刑で処断するのを相当と認めた。

(求刑・懲役五年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清田賢 裁判官増田周三 裁判官濵本章子)

別紙一覧表〈省略〉

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